なぜIDがいま大事だと感じるのか。

松本先生が紹介された「学習指導要領(小学校)なんでも回答くん」(クリック)で有名な稲田さんのnoteに次の記事がある。

note.com

この中で特に気になっているのは、次の一節だ。

アメリカの丸亀製麺の事例ですが、従業員をドライに1つの機能とみて、業務を細分化・分担する。だからこそ、DXが推進するという話ですが、日本の場合は各々の業務での明確な線引きが曖昧なことも多く、ウェットにマルチにやっている。だからDXが進まない。」

以降、このことについて、どう考えているか、書いていきたい。

なぜ、これからますますIDが大事か。

上の記事には次の一節もある。

授業についても内容を細分化し、やり方を定義していったほうが良いのか。そうすることで、効率化・自動化にも繋がるのでは、という意見もありそうです。この話は、特に小学校に対し教育委員会等が展開している「授業スタンダード」に繋がりそうです。(稲田氏の上のnoteより)

自分のIDについての考えもこの「〇〇スタンダード」と似ている。 「〇〇スタンダード」では、授業を「導入」「展開」「まとめ」の3段階に分け、各段階でどのようなアプローチが効果的かが示されることがある。例えば、導入の段階では、「生徒が学びたいと思うような興味・関心を喚起しよう」といった指針等が示されることになる。

これは稲田氏が示す「細分化」と同等である。AIは細分化すれば活用できる。だから、授業展開を作成する際に、まず導入の機能が「興味・関心を高める」ことであり、それを前提としてデザインすると設定すれば、AIはその目的に沿った工夫をいくつか提案してくれる。

つまり、デザインとして授業を考えた時に、各段階において具体的な目標や学習活動が設定されていればAIによる時短は行いやすいのである。その細分化された授業内のモジュールを元に、例えば「川と都市の環境について学ぶ単元」などのテーマに基づいて、AIが目標や学習活動の案を示し、教材や方法、発問の案を提案してくれる。そしてそれは1つではなく複数提示してくれるよう指示も可能だ。その結果、教師は各生徒にあった授業展開を考えるのがとても楽になる。

このようなAIが適切に機能するための前提となる「〇〇スタンダード」となるのは、学問レベルでいえば、「インストラクショナル・デザイン」(以下ID)である。IDは教師の直感や経験からではなく、理論を踏まえて学びを効率化させることをねらいとしている。国内では稲垣忠先生の下の本が有名である。

calil.jp

個人的には(いつものことだが、これは個人のブログなので断らなくても個人的な考えであるのは当然だが)、このIDの中のキーワードを(例えばガニエの9事象など)AIと確認し、単元テーマに沿って指導原案を作成し、目の前の生徒に合わせてカスタマイズという流れがいいと考えている。

でもワンショットではダメかもと考えるワケ。

AIによる短い指示で満足できる回答を得ることを「ワンショット」と呼ぶが、将来的にこのワンショットのアプローチで十分な結果が得られるという考えも広まっている。確かに、ある程度はそのような可能性があると思われるが、授業の場においては、残念ながらそう簡単にはいかないかもしれない。これは、インストラクショナル・デザインにおいてキーワードの選択や重視するポイントが多岐にわたるため、ワンショットで完璧な指導案を作成するのは難しいという現実があるからだ。

教師は、それぞれの授業の目的や生徒のニーズに合わせて、適切なキーワードを選び、授業デザインを柔軟に変更していく必要がある。例えば、ある授業では「問題解決能力」を重視することが求められる場合があれば、別の授業では「コミュニケーション能力」や「批判的思考力」を重視することが必要になるかもしれない。これらのキーワードは、教師がどのような学習活動を設計し、どのような評価基準を設けるかに大きな影響を与える。

また、教師は生徒の個別の学習スタイルや理解度に応じて、授業デザインを適宜調整する必要がある。これには、教材の選択、学習方法の工夫、進度調整、評価方法の変更など、様々な側面での工夫が求められる。一方で、AIは現状では個々の生徒のニーズや特性に対応するよう設定するのは手間がかかる(少なくともここ半年ぐらいは、そうだろう)。そのため、教師の緻密な観察や判断が重要である。

そうなると、IDの中のキーワードとして、例えばADDIEモデルを用いるのか、ガニエの9事象を用いるのかも教師の判断となる。また、発問をBloom's taxonomyのどの段階を多く導入したいのかという判断も必要になる。つまり、IDを学んでも、どの手法を使いたいかはその場面や状況により異なるため、ワンショットでAIに求めるのは、現段階ではとても難しいと考えられる。

また、ワンショットでAIに指導案を作成してもらっても、それはあくまで基本的な骨子を提示してもらうための手段である。また、教師が具体的かつ柔軟に授業を展開していくことが重要となるため、指導案を作る際に要素として取り入れるIDの理論もまた異なってくる。実際には、AIが提示した指導案を参考にしながら、教師自身が生徒の理解度や反応を見極め、必要に応じて教材や方法を変更し、学習の質を高めることが求められる。教師としての経験や直感、人間関係の構築など、AIがまだ十分にカバーできない側面もある。ワンショットでAIに指導案を作成してもらうことは、教育の現場において有用な時間短縮の手段ではあるが、さらなる効率化を求め、IDの手法や何を生徒が求められるか、判断することが大事であり、ワンショットで「環境の授業の指導案を出して」とはいかないなあというのが筆者の考えである。

ただ、IDの手法を単元テーマに合わせて活用して、単元デザインを手作りで行うより、AI(LLM)を活用した方が圧倒的に速く終わるので、ワンショットでできなくても何も気にする必要はなく、むしろ積極的にAIを活用すべきだと感じている。

そういうわけで、FinkのSignificant learningは割とよいと思う。

Dr. FinkのSignificant learning(https://bit.ly/43azb0Z)もまたIDで示されている項目の1つである。

Significant learningでは、生徒によって良い学習となるために次の6つの目標が示されている。

  • 基礎知識のゴール(どんな知識や考え方を生徒は学べる?)
  • 応用のゴール(この学習で、生徒はどのような思考を身に付けるのが大事になる? 批判的思考力、創造的思考力、それとも実践的思考力? PBLで学ぶ場合は学習方略も大事?)
  • つながりのゴール(この学習は他の単元や、教科・科目、個人やコミュニティの中の生活とどうつながる?)
  • 自己理解のゴール(この学習で、生徒は自分自身について何か新しく学べる?また他の人を理解したり、相互理解したり、会話を通して学べたりできる?)
  • 思いやりのゴール(生徒はどんな価値観、考え方を学んだり、何に興味をもったりできる?)
  • 学び方のゴール(生徒はより良い学び手になったり、特定のテーマについて学べるようになったり、自律的な学習者になれる?)

以上のゴールについて、各単元でどのように学べるか考えることはとても興味深い。特に3番目、4番目、5番目の目標がヒューマニスティック・アプローチの流れを汲んでいると考えられる。

さらに、教育的評価として掲げられている項目も面白い。引用した文献では、「前向き評価」「自己評価」「ルーブリック評価」「FIDeLityフィードバック」の4つが、生徒のより良い学習につながると書いてある。前向き評価は「これから学ぶ知識を実際に使う状況を与えて、学ぶ前にいろいろと考えさせよう!」というもの。ぜひ、先に取り入れ、生徒に「これ、実は今から教えることだけど、本当に役に立つよ!」と言ってみたい(^^)/。FIDeLityフィードバックは頭文字を取った略語だが、「頻繁に、即座に、基準に従って明確に、愛情を持って」与えるフィードバックのこととされている。この4つを満たす形成的評価をどう与えるか考えるのは楽しそうだと感じる。

最後に、この冊子の最後についている「たった7つの冴えた形成的評価(超訳)」がついている。例えば、1番目は「生徒の自己評価力を育成しよう!」となっていて、生徒が作品を提出する際に「どんな種類の評価をしてほしい?」とyou尋ねちゃいなさいよ、と書いてある。え、点数がいいです!とか、ルーブリックで評価して!とか褒めて!とかいろいろ来そうだ。他の6つも冴えていて楽しい(^^)/。

Dr. FinkのSignificant learningもまた有名なIDの一つなので、AIに知っているか聞き、確認をした後で(これ、すごく大事で、たまに間違っていることがある)、特定の単元について、どのように導入できるか話し合うとヒントをたくさんもらえる。IDについて精通することは、AIを活用した授業を作る上でとても大事になると感じる。

最後に

いろいろと書いてみたが、One shotで単純に回答を求めるより、理論を基にAIの回答を求める方がよい。授業デザインにおいては、IDがいい。細分化できるし、好みの授業を速く作りやすい。

この理論が大事というのは、例えば、「友達とうまくコミュニケーションが取れない生徒がいます。どのように対処すべきですか?」という質問の回答を作るときも感じた。ワンショットで悩みをそのまま入力して回答をもらう方法を試した場合と、心理学者アルバート・エリスによって開発されたABC理論を取り入れて回答を求めた場合では、回答が異なったのだ。

ABC理論は、出来事や状況(A:活性化イベント)に対する個人の信念(B:信念)が、感情や行動の結果(C:結果)に影響するという考え方だ。「A:友達とうまくコミュニケーションが取れない状況、B:自分はコミュニケーションが苦手だという信念、C:孤立しているという感情」と入力して、ABC理論を取り入れて回答するようにした場合では説得力があがる。

でも、これもABC理論を知らないと当然そのようなアプローチは取れない。同じように、よりよい授業のヒントを得ようとしてAIに質問しても、IDを知らないとそのヒントも得ることはできない。いつもの結論になるが、AIもまたツールであり、どのように使うかはその人次第だ。ツールのより良い使い方を知っている人がツールの良さを最大限に引き出せるというのは、まだまだ真実だと感じる。さまざまな大学がChatGPTに代表されるAIまたはLLMの使用についてさまざまな声明をだしているが、ワンショットで出力された文章はまだまだ厳しいだろう。またどんなによくなっても、IDに代表される理論を例えば、情報処理的アプローチで知識を捉えるのか、構成主義的に捉えるのか、認知主義的に捉えるのか、また何を大事にするのかによって、結局は授業は変わってくる。そんなことを考えた。以上です。