A rolling stone gathers no moss.の諺について(覚書)

以前、Facebookに投稿したものに加筆したもの。長い。


以前、職場の全体の集まりがあったが、その中で”A Rolling Stones gathers no moss.”(転石苔を生ぜず)の諺について、moss(苔)が指すものは何かという話になった。周りの多くの人はこの諺を好意的に捉えており、「苔」を「しがらみ」などの意味ではないかと解釈していた。もちろん英語教師としては両義を抑えているため、自分からは多くは語らなかったが、しっかりとその歴史的変遷を捉えていなかったことに気づいたので、確認した。以下はその記録である。
         ★
まず、始まりから。みんな大好きetymology onlineによると、この諺は14世紀からとされている。同資料によると、“Selden Moseþ þe Marbelston þat men ofte treden. ["Piers Plowman," 1362]”が初出のようである(https://www.etymonline.com/search?q=moss)。意味的には、"The marble stone that men often walk seldom mosses. "なので、「人がよく歩く大理石には、滅多に苔ははえない」ぐらいか(中英語のため、現在の語順とは異なる)。研究社の英語語源辞典ではそのものずばりは見つからなかった(が、gatherの項目で、中英語では[d]だったが現在では[th]になっているとの表記をみつけ、father, motherなどとrの前のdの音の変化について学べたのでよかった)。三省堂の英語語義語源辞典では、mossの欄に諺が載っており、米では苔を否定的に捉え、英では苔を肯定的に捉える旨は掲載されていたが、初出は学べず。Wikipediaでは、ラテン語にその起源があることが示されている(クリック)。また、音楽や文学での転石の使用例が掲載されていて参考になる(なお、Wikipediaにmossが泥炭を意味し、冬に備えてmossを取ってくることについても掲載されていたが、この例では肯定的に捉えられると考えられ、少し混乱した)。
         ★
では、辞書の説明はどうだろうか。Longman(英)では、”A rolling stone gathers no moss.”という項目があり、「転勤や移動が頻繁だと長い関係や義務を持てない」と否定的な意味が掲載されている。Oxford(英)の学習者辞書は中立で、​「場所から場所へ、1つの仕事から仕事へと移る人は、金や所有物や友達を多く持つことはできないが、責任からは自由である」と載せている。Cambridge(英)の学習者辞書でも、「責任がない利点がある一方、住む場所がない等の欠点がある」と中立である。Collins(英)は「移動し続ける人は、友人や財産が少ない(said to mean that, if a person keeps moving from one place to another, they will not get many friends or possessions)」と否定的だ。
         ★
しかし、ここまで、アメリカでの新しい意味がいつ生まれたのかについての言及はない。この問いについて答えてくれるのは、やはりアメリカの辞書Merriam-Websterのネット上のコラムWord Historyに含まれる「On the History of the 'Rolling Stone’」だろう(クリック)。同記事では、1894年のWilliam Porterという銀行窓口の仕事をしていたテキサスの男性の話が挙げられている(この男性のペンネームはO.Henryである)。mossを否定的な意味で使用している例を示している。辞書としても有名なMerriam-Websterのコラムで意味の変遷(From Bad to Good)の例として挙げていることから、おそらくこの時期から意味の変遷が表立ってきたと考えられているのではないかと類推される。また、そのエピソードの後に、アメリカのFrontier精神に近しいことが述べられている。なお、このことに関連して、音楽においてRolling stone(s)という言葉が好まれていることは明らかだ。諸説あるものの、バンドのThe Rolling Stonesも、雑誌Rolling Stoneも、アメリカ人のマディ・ウォーターズの1950年のヒット曲の名に由来すると考えられている。1950年ではアメリカでは既に肯定的に意味が取られていると考えられる(ミック・ジャガーの歌うThe Rolling Stonesが結成された1962年当時は、すでにWilliam Porterの頃から半世紀以上経っていることに注目したい)。
         ★
以上、まとめると、上記のコラムにも載せられているが、アメリカでは、フロンティア精神とも合わせて、「車」の台頭が、以前述べたFast car(クリック)に見られるような、新しい別の場所への移動を保証する「期待感」として現れ、翻ってmossが「責任」「しがらみ」の比喩と捉えさせることにつながったのではないかと考えられる。いろいろと確認するのは大変だが、文化と言語が相互に影響し合う面白い例なのではないかと感じられた。