学びのパラダイムへの変換

先日、1時間程度話をする機会を頂きました。忘備録として、その内容を再録したいと思います(書き起こすにあたって、内容を多少変更しています)。

1 はじめに

まずは、次の言葉を見てください。いくつかは、敬愛するWW/RW便りから引用しています。

As important as what is happening is what is not.
起こっていることと同じくらい大切なのは、起こっていないこと。

— John Stone “Sunday Early Morning”

大人には、子ども達の様子は見えますが、子ども達の心の中は見えません。

No matter what people tell you, words and ideas can change the world.
人々がどう言おうとも、言葉と考えは世界を変えうる。

— Robin Williams

人々がどう言おうとも、世界は変わります。

Believe you can, and you’re halfway through.
自分ができるって信じること。そうすれば、半分できたも同然。

— Theodore Roosevelt

でも、まずは自分が信じなければ。

However small they are, the world won't change if we don't break those "natural" things.
小さなことでも「当たり前」を壊していかないと世界は変わらない。

— ある中学生のことば(https://wwletter.blogspot.com/2020/04/blog-post_10.html

子どもは、こんな言葉も残します。

Let us remember: One book, one pen, one child, and one teacher can change the world.
覚えておきたいこと。本一冊、ペン一つ、こどもひとり、そして一人の先生がいれば、世界を変えることができること。

— Malala Yousafzai 

変わるのに必要なもの。ところで、世界の何をどう変えたいですか?

2 我々はどこを目指すべきなのか。

さて、質問を出します。

  1. ジブリの最初のアニメ映画はなんでしょうか?
  2. となりのトトロ」が放映されたのは何年? 1. 1978年 2. 1988年 3. 1998年
  3. 名探偵コナン」の英語タイトルは"Case Closed"。では、「千と千尋の神隠し」の英語タイトルは?

全部の答えは自分で探してもらうとして(え?)、2番の答えは1988年です。実はもう20年以上前の作品で大学4年生ぐらいの人たちが生まれたときに作られた映画なんですね。でも、これどうですか? 新しいですか? 古いですか? いまトトロを初めてみた子ども達は「古い」と感じますか?


今日は「学び」について話しますが、どうでしょう。トトロは今でも新しく感じるんですね。そして子ども達は、夢中になって見る。じゃあ、学校の授業はどうでしょうか。子ども達は夢中になって参加しますか? もしかしたら、小学校1年生は、夢中になって参加するかもしれない。でも、高校生になるとなかなか夢中にはならない。なぜでしょうか。トトロは夢中になる要素とはなんでしょう。また、授業にはその要素はないのでしょうか。


ここで、経産省が出している「未来の教室」を見てみます。
www.learning-innovation.go.jp


このページのちょっと下にいったところに『「未来の教室」が目指す姿』というのがあります。この図を見たときに、何か気づかれますか? そう、真ん中が「一人ひとりのワクワク」って書いてあるんですよね。つまり、中心にはワクワクが来ています。そしてその周りに「知る」「創る」と書いてあります。これって、文科省のいうところの「知識・技能」「思考・判断・表現」となんとなく似ている感じがします。そして、枠組みとして「学びのSTEAM化」と書いてあります。STEAM、最近よく聞く言葉ですね。ところで、STEAMってなんでしょう?


STEAMというのは、SがScienceで科学、 TがTechnologyで技術, EがEngineeringで工学, そして、最後のMがmathsで数学です。じゃ、最後から2番目のAはなんでしょうか? Aは、3文字(厳密に言えば4文字)でみんなが割とよく知っている英語です。答えはArtsなんですね。ただ、英語でArtsといえば、芸術だけ含むわけでなく、Liberal Artsで教養、Language Artsで言語学となるので、もう少し広い概念です。英和辞典で調べると「一般教養」とか「人文科学」とか指すと書いてあります。なお、このArtsは、文献によっては「デザイン」とされているものもあります。


この図の下には個別化などが書いてあって、ICTを活用してひとりひとりに合わせた学習ということが謳われています。鹿児島の公立小中でも、2学期から1人にPCなどが1台に配布されると聞いています。「知識・技能」は反転学習等も取り入れて個人で学び、「思考・判断・表現」はみんながいるときに(=授業)で学ぶというのような議論もあります。


つまり、この図をもとにして考えると「ワクワク」を中心にICTなどを使って授業をデザインしていくということが求められていると感じられます。

3 授業をどうデザインするか

3.1 2枚の写真

授業のデザインについてお話しする前に、まずは次の2枚の写真をみてください。どちらの教室の方がワクワクしますか? この2つの教室の違いはなんですか? そしてその背景にある考えとは何でしょうか。

【写真1】

f:id:karishima:20070819011429j:plain
By Liz - Flickr: Teams and overview, CC BY 2.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=18415233

【写真2】

f:id:karishima:20010403193014j:plain
By frwl - Takahata highschool 10, CC BY-SA 2.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=3239163



もちろん、多くの方が感じられている通り、1番目の写真の教室の方がワクワクします。なぜでしょうか? たくさん掲示物があって、グループワークが始まりそうで、様々な教材が用意されている感じがします。それに比べて、2枚目はいわゆる「スクール形式」に机が並んでいます。掲示物も少ないですね。でも、スクール形式ではなぜ机は前を向いているのでしょうか? どんなことを求めていますか?


実は、この2枚の写真の背景にある考えは「教える」パラダイムと「学ぶ」パラダイムなのです。詳しくは京都大学に以前いらっしゃった溝上慎一先生の「アクティブラーニングと教授学習パラダイムの転換」に書いてありますが(p.36)、それを参考にしてかなり簡略化した下をみてください。

●「教える」パラダイム       
□「学ぶ」パラダイム
● 教員は、授業の質を改善する
□ 教員は、学びの質を改善する
● 教える環境が大事
□ 学ぶ環境が大事
● 授業は定刻に始まり、終わる
□ 学びはいつでも始まる
● 内容を授業で網羅したかが大事
□ 子どもが何を学んだかが大事
● 学習は教員がコントロールする
□ 学習は子どもがコントロールする


文科省が示している、新学習指導要領の方向性に「主体的・対話的で深い学び」とありますが、その根底にはアクティブラーニングの流れがあり、その考え方としては、この「教える」から「学ぶ」への変化があると考えられています。例えば、「教える」パラダイムでは、「教える環境が大事」、「学ぶ」パラダイムでは「学ぶ環境が大事」と書かれています。実は先ほどの写真を見ると、写真1は最初からグループワークが前提で教室が構成されています。それに対して、写真2では、先生の方を向いている。つまり、写真2は、先生が話し、黒板に書いて授業が進み、そのために効率化された構成になっていると考えられるわけです。

3.2 STTとTTT、そしてTPS

実は英語の授業についても、「教える」から「学ぶ」へと変わっていっているか、重要視されています。それはSTTとTTTです。ご存知ですか。子ども達が学ぶには、実際にやってみる機会を与えることが大事ですよね。このSTTとTTTで、Teacher-centeredつまり教授中心か、Student-centered子ども達中心か、すぐに分かります。STTはStudent Talking Timeを指し、TTTはTeacher Talking Timeを指します。簡単に言えば、教員が話している時間(TTT)と子ども達が話している時間(STT)を授業で測って、授業中に誰がどの程度(誰と)話しているか調べて、「学ぶ」パラダイムになっているかどうか、ある程度確認するということです(参考サイト)。


同じようにとは言えませんが、同じくTSPという言葉もよく使われます。これは、Think-pair-shareの略ですね。個人で考えて、ペアで話して、教室でシェアするというよくある形式です。これは様々なバリエーションがあり、Think-Pair-Groupだったりといろいろとありますが、TPSがたくさん行われている授業というのは、基本的に写真1のような机の配置になっていると思います。このことについて、もう少し知りたいという方は『「学びの責任」は誰にあるのか 「責任の移行モデル」で授業が変わる』という本に書かれているので、お読みください。


英語の授業でも、STTが多いクラス、つまり、授業が「学ぶ」パラダイムにある場合は、写真1のような配置にされている先生が多いのではないでしょうか。「教える」あるいは「練習」が多いクラスは写真2の配置が多いと思います。焦点化し「教える」ことも、体験させて「学ぶ」こともどちらも大事です。ただ、考えは姿勢に現れます。「言葉を伝える」ということを考え、両方の配置をどうするかということを指導案に盛り込んでみてもいいかもしれませんね。

3.3 「予想の手引き」

では、次の言葉を見てください。

Too many students read the textbook without any sense of needing to know.
現実の授業では、知りたいと思う気持ちもなしに、あまりにも多くの生徒が教科書を読んでいます。
(「教科書をハックする 21世紀の学びを実現する授業の作り方」)

結構衝撃的な言葉です。うなづいてらっしゃる先生方もいらっしゃいますね。子どもたちは、実はびっくりしているわけです。「はい、じゃあ次はレッスン6だね。レッスン6は環境問題だ!」。先生が熱く語っても、子ども達にとっては突然のことです。なんで急に環境問題について学ばないといけないの?と子ども達は思うわけです。でも、ワクワクするには、まずは「学びたい!」という気持ちにさせるのは大事ですよね。ダニエル・ピンクやデシなどのモチベーションについての説明も上記の本には掲載されていますが、まずは、「予想の手引き」について説明しますね。これも上記の本に載っています。例として、今から和食についての単元を扱うとします。多くの場合、まず最初は、様々な料理を見せて、どれが「和食」「アメリカ料理」「フランス料理」でしょうか?などと子ども達の身近なところと合わせて、「自分ごと化」しようとされますね。実はこの後に、次のような「予想の手引き」を配布するとさらに効果的に子ども達は学び始めます。

「予想の手引き」 賛成?反対?

  1. 世界3大料理は、フランス料理、中華料理、イタリア料理である。
  2. 和食の特徴は、材料が新鮮、栄養バランス、見た目が美しい、そしてあまり値段が高くないことだ。
  3. 和食は、外国料理の良い点も取り入れて、変化していくべきだ。

これ、実は結構教科書に載っている内容です。これをグループで話し合います。すると、子ども達の背景知識がどの程度あるのか見えてきます。あ、この知識知らないんだな、あ、このことについては考えがまとまっていないんだな、などと分かるわけです。ある程度時間がたったときに、この「予想の手引き」については、教科書に答えが結構書いてあるよ!と一言述べたらどうなるでしょう? そう、子ども達は教科書を見始めます。黙って熱心に探し始めるわけです。これ、おかしな状況ですよね。普通は、「教科書を読んで!」と言っても「よっしゃ!読むぞ!」とはならないわけです。でも、この「予想の手引き」を使うと、子ども達の背景知識がどの程度あるか分かる上に、放っておけば、子ども達は教科書のここにあるよ!などと言い合って、読み始めます。ちなみに、その単元が終わった後に、同じ問題について自分の考えを記述させれば、単元の前後で子ども達の考えがどう変わったか分かります。本当にこのことを編み出したリリアさん(この本の著者ですが)は、すごいですよね。


この子ども達が自然と学びに向かうのが僕は好きなのですが、この仕掛けを「シフト」と個人的に呼んでいます。シフトというのは、「教えたい」「やらせたい」ことをそのまま子どもに言うのではなく、学びが起こるよう、結果的に同じことを子どもがするようにするものです。「教科書を読みなさい」というのは、教師がさせたいことです。でも、教師がさせたいことをそのまま子ども達に言っても、それは「学び」のパラダイムではありません。「教える」パラダイムであったり、子どもがその活動のねらいがわからないために、結局「学び」にならないで、「作業」になってしまったりします。このことについて、国語教育で有名な大村はまさんも下記のように言われています。

要旨を取らせるという場合、この文章の要旨は何かと聞くのではなくて、要旨を取る必要のある、また要旨を取らなければできない作業を考えるということが大事なのではないかと思います。目標を生で生徒にぶっつけないということです。…生徒はその作業をいっしょうけんめいやっていけば自然に目標にかなってしまう、この道からもあの道からも登っていくことができた峰だというふうにやりたい。(『国語教室の実際』)


この「予想の手引き」を通して、自然と教科書を読みたくなる。そして一生懸命やってしまう。そういう活動をコツコツと考えていくことが教師にとっては大事なのかなと思うわけです。

4 終わりに

そろそろ時間が終わりに近づいてきました。先ほど、「シフト」という話をしました。この「シフト」にはいろんな方法があります。例えば、知り合いの数学のA先生は、「問題ができた人は座りなさい。解けない人はその人のところに行って、やり方を聞いてもいいよ」という指示を出し、自然とmingleでの教え合い活動が始まるようにされています。また、よく英作文について、「書く内容がありません」と言われますという先生方がいますが、例えば、先ほどのA先生から教わった次の動画などを見た場合、語りたいことは自分の中で生まれてこないでしょうか。

youtu.be

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「教科書をハックする」には、「予想の手引き」意外にも「語彙」の話、「見える化用紙」「2列ノート」「振り返りシート」「RAFT」「テキストセット」などの工夫のためのヒントがたくさん載っています。また皆さんと一緒に学ぶ機会がありましたら、この辺りについても学べればと思います。さて、時間が参りました。今日はご清聴ありがとうございました。ご質問等あれば、いつでもおっしゃってください。終わります。